空はひろい

 

一人暮らしを始めて2週間ちょいが経ちまして、全ての家電が揃ってそれ以外のキッチン周りやパソコンネット環境が整い本格的に「お家」になった。ただ生命活動を維持する為だけの場所ではなく、しっかりとした人間としての生活を送れる場になった。

やっぱり身体や性に合っているのか体調が良くなった。お酒をしっかり呑みたくなる様になってしまった。体調がずっと悪かったから、呑んだら頭痛くなったり吐いたりしていたんだなと思うと、本気で都内は駄目だったんだなと思う。まぁ、都内なのか、同居なのか、深堀はしないけども。

 

元気になってしまったので、余計なことを考えられる様になってしまった。メンヘラの先輩が「メンヘラはきっと元気じゃないと出来ない」って言っていたことが頷ける。元気だから色々考えられるし、落ち込める。疲れていたらそんなこと考えることすら面倒だもん。みんな知っているだろうけど、私もどっちの立場も知っている。

 

前の好きだった人と駄目になった事が4回あって、うち3回戻ってきた。そのうちの1回で「付き合ったのはたまたまだよ」って言われた事があった。たまたまくずまるがこの店舗に配属になって、たまたまそこに俺がいて、たまたま教育係になっただけじゃん」って。私はそれを聞いた時に、それだけたまたまが続いたら、それは運命と呼んでもいいんじゃないかなって思ってしまった。たまたまこの店舗って言われても、私は配属希望の第1希望から第3希望まで蹴られてそこに配属になったし、元々教育係が違かったのに、色々あって同居人に変わって、それって確率論で言ったらどの位なのだろう?それをたまたまで済ませてしまうんだね。少し悲しかった。少しね。

 

少しっていうのは感覚は人それぞれだから、たまたまと言われたらそれまでという事も理解していたからだ。きっと、私のことを本気で好きであれば出会えたことが運命だってそんな臭いセリフを言えちゃうんだろうなと思う。そんなこと言われたら流石に引くけど。たまたまなんて言われるよりかは、数百倍気分は良いし、心も晴れる。笑い話。

 

最後に駄目になった時は、もうこの人で傷つく資格も私にはないのだと切なくなった。その人が原因で悲しんだら傷つける資格がある事が、そもそも特権なのだと初めて知った。片思いじゃその資格はないもんね。彼女だから悲しめたけど、彼女じゃないから悲しめない。

 

話は嵐の話になるのだけれど、翔くんが「嵐としての将来はどうなるんだという気持ち半面、嵐の想いで人1人の人生を縛る事も出来ないと思った」って言っていて、それは恋人でも友人でも家族でも当てはまるなと思っている。

いくら、家族でも、夫婦でも恋人でも友達でも、その人を縛る資格は恐らく持っていない。1人だけの人生ではないにしても、それでも自分自身だけの人生なのだ。人と人生を歩む事は、それ相応の覚悟と決断と、意気込みが必要で。私はずっと親のために生きてきたから、自分のために生きるという事が難しい。それが重いし面倒臭いんだろうなと思う。もっと自分の為に生きて、自分が幸せになれる様に生きれればいいのにって、自分でも思う。

 

誰かの人生の足枷になることを許してほしい。

私を選んで欲しい。欲しかった。

 

わかってる。私がいても居なくても代わりは死ぬほどいる。結局選んで欲しいというより、私がそこに居たいと思うか思わないかが重要で、存在意義は自分自身で作るもの。他人に見出して貰うものではない。わかってる。

 

大学生の頃に付き合ってた人に「くずまるはいつも俺次第って言うけど、本当はどうしてほしいの?」ってよく聞かれていた。私に運命を委ねるな。ない脳みそ使って考えて、取捨選択して私を選べ。そう言った事もあったけど、理解はしてくれなかったな。

 

おわりおわり。ここまで読んでくれた人がいるのかな。いてくれたら嬉しい。面倒だね、ごめんね。ありがとう。おやすみ。